電通で起こってしまった過労死は大変悲惨な事件であるとともに、日本人としてこれからどのように仕事に向き合っていくべきなのかについて考えさせられる問題でもあります。
私自身も、それまでの研究者としての経歴を捨て、新たに選んだ「監査法人」という職場では全くといっていいほど働き方に馴染めず、半年ほどで軽い鬱のような状態に陥ってしまいました。
そんなとき自分自身を救ってくれたのは気合いでも根性でもなく、とにかく一刻も早く会社を辞めるという判断でした。そして会社をやめるのに必要なのは勇気などではなく、適切な知識とちょっとしたテクニックであることを学んだのです。
今回は、なんらかの事情で不本意な就労環境に陥ってしまったときに、どうやって会社を辞めるかについての具体的な方法について解説してみたいと思います。
目次
会社を辞めようと考えるに至った理由
そもそも会計も監査も未経験の自分が一念発起してUSCPA(米国公認会計士)という資格を取得して監査法人に転職したのは、この職場でならば自分が今まで見ることのできなかったビジネスのリアルな現場を直接確かめることができるはずだという、知的好奇心ゆえの理由でした。そんな自分がまさか半年もたたずに精神的なダメージを負うとは想像だにしていませんでした。
それではいったいなぜ半年もたたずにうつ気味になってしまったのでしょうか。その原因は大きく3つありました。
そもそもの仕事内容が合っていなかった
以前の記事にも書いたように、監査法人での仕事はとにかく正確に素早くこなすことが求められていました。そして多くのタスクには「正解」が存在し、正解以外の仕事は全て減点されるような環境であったのです。
これは、今まで科学者として育った自分にとってはまったく未知の世界でした。研究職を辞めて最初に転職した会社ではマーケティングの仕事をしており、この仕事にはすぐに馴染むことができたため、自分には民間での仕事にも適正があるのだと過大な自信をもっていたのでした。ところが今にして考えれば、営業やマーケティングはクリエイティブな側面が強く、どちらかといえば研究者に向いた職種だったのです。
世の中には決められた内容を正確に実行することが求められるような仕事も数多くありますが、監査法人というのはそういった種類の中でも際立って正確性を要求されるものでした。だいたいの雰囲気をつかめればそれでよしといった自分の性格からして、そもそも仕事内容に適正がなかったのです。
上司と全く気が合わなかった
上記の理由に追い打ちをかけたのが、上司との相性でした。
私の面接の担当でもあったこの上司は、どういうわけか入社当時から私のことを随分と気に入ってくれていました。科学者としての私の経歴がものめずらしくうつったのか、これからの監査には君のような理系の人間の思考法が必要なのだ、などといって特に目をかけてもらっていたのです。
この上司ですが、一言でいえば仕事の鬼のような人でした。毎日早朝から深夜まで働きづめに働きづめに、週末もほとんど休みを取らずにメールをバンバンと飛ばすようなタイプです。また仕事のやり方に対する指示は異常なまでに細かく、文字通り箸の上げ下げのようなところから全て管理していました。また人材を囲い込むことが好きで、私などは毎日その日あったことを日記として彼に送るように指示されたこともありました(さすがに馬鹿らしいと思い、なんとか週1に減らしてもらいましたが。)
私は彼のような人物のことを「ビジネス・マッチョ」と名付けることにしました。このような人物は今まで出会ったことがなく、非常に戸惑いました。また過剰なまでに行動を管理してくるやり方にも耐えることができず、わたしの神経は次第に消耗していったのです。
労働環境が非常に悪い
さらに追い打ちをかけたのが、その労働環境の悪さでした。
監査法人がお客さんに請求する金額というのは、スタッフの実働時間によって厳密に決まっています。ところが多くの場合は先に予算が決まっていますので、スタッフが働ける時間には限りがあるのです。ところがプロジェクトのマネージメントがいい加減だと、あっというまに予算を食い尽くしてしまうことになります。そうなると、あとはサービス残業で仕事をするしかありません。
元来監査法人の仕事というのはルーチンワークなわけですから、プロジェクトマネジメントはそれほど難しいものではないはずです。ところがわたしの担当していたプロジェクトはどちらかというとコンサル的な仕事であったことと、先のビジネスマッチョの上司が後先考えずにどんどんとタスクを追加していくため、完全に火を吹いていました。
結局、朝晩のサービス残業だけでなく、夏休みとして取得した休日も自宅で仕事をする羽目になったのです。これは家族にも迷惑をかけてしまったため、本当に情けなく思ったものでした。そしてこれらはもちろん会社に請求できないサービス残業、つまり完全に違法な行為だったわけです。
こうしたことが積み重なった結果として、ついに私の緊張の糸はぷっつりと切れてしまうことになるのでした。
組織の問題は組織内では解決出来ない
このようなことから最終的に私は退職することを決意するのですが、いきなり会社を辞めようという結論に達したわけではなく、その前に何かほかの解決方法はないかと自分なりに考え、実行に移そうとしてはいました。しかし結論から言えば、これらの努力は全くもって無駄な結果に終わってしまうことになるのです。
配置転換を希望する
私の入った監査法人では入社後に所属部署を変更できる仕組みがオフィシャルにありました。そこで、まず最初に考えたのがこの方法でした。
ところがこの方法はうまくいかないことにすぐに気がつきました。なぜなら、配置転換を希望するにはまずは自分の部署の上司の許可を取らなければならないのです。そしてその上司というのは、先ほどでてきたビジネスマッチョの彼だったのです。
どんな組織でも人員を確保することは極めて重要な課題です。ましてやそれが自分の面接した人物となれば、みすみす手放してよその部署に行かせようと思うはずがありません。それに加えてこのビジネスマッチョは、パートナーといって監査法人でもっとも職位の高い人物であったため、彼に逆らうことのできる人は誰もいないのです。
このため、配置転換の希望はまったく受け入れてもらうことができませんでした。
メンターと呼ばれる人物に就業環境の改善を相談する
この監査法人ではメンター制度といって、全ての社員が自分より職階の高い人とペアを組み、仕事の悩みやキャリアについて相談できる仕組みがありました。
私のメンターには私よりもだいぶ若いマネージャーの方がつきました。私は就業環境の問題やプロジェクトの進捗について、ことあるごとにメンターに相談するようにしました。プロジェクト外の人物に状況を把握してもらうことで、なにかしら状況が改善することを期待したのです。
今にして思えば、メンターに相談していたこの時間がもっとも無駄なものでした。彼は話は聞いてはくれますが、具体的なアクションを取ってくれることはありませんでした。その代わり、「僕も今のプロジェクトが大変でねえ、3日前くらいは体調が悪くて吐きそうになりながら仕事をしていたんだよ。お互い頑張らないとね」などと声をかけるくらいしかできないのでした。
ちなみに、私のメンターである彼にもメンターがついており、それが例のビジネスマッチョだったのです。そんな彼が私の希望を聞いてくれるはずがありません。
結局のところ、私と組織の間で起こっている問題について組織自体に解決を求めることが最初から間違っていたのですが、そのことに気づくのはずっと後になってのことでした。
解決の糸口は組織の「外」にある
そうこうしているうちに、私の体調はどんどんと悪化していきました。
夜中に急に目が覚めたかと思うと、そこから寝たり起きたりを何度も繰り返すようになりました。また、仕事中に急に動悸が激しくなったり、咳が止まらなくなることも良く起こりました。ビジネスマッチョの彼の顔を思い浮かべただけで息苦しくなり、脂汗がジッと体から吹き出してくることも一度や二度ではありません。食欲は落ち、通常であれば普通に食べられた食事も半分くらいしか食べることができなくなりました。
ここに至り、私は自分の体に大きな異変が起きていることを自覚しました。そこで色々と考えた挙句、私はついにある決断をします。それが産業医との面談でした。
結果的に、この判断が私を救うことになります。
産業医との面談
会社には産業医との面談を希望する人のためのホットラインが用意されていました。私はそのことを思い出すと、早速メールを出しました。
幸いメールの返事はすぐにきて、私は会社の隅にある小さな会議室に来るように言われました。
会議室に待っていた産業医の先生は、眼鏡をかけた神経質そうな若い男性でした。そこで彼は私に幾つかの質問をし、現在起こっていることについての認識を共有しました。
次に診察がおこなわれ、ここでもいくつかの質問を受けました。それは例えば、
- 睡眠状況はどうなっているか
- 食欲はどうか
- その他体調の悪いところはないか
などといったものでした。
これらの質問が終わると、彼は私にこう言いました。
「あなたの状態はストレスから来る適応障害と考えられます。現在、あなたは就業することができない状況であるとみなされますので、一刻も早く休暇をとり、回復に専念してください。」
これにより、私は突然会社に出社することが禁止されることになってしまったのです。
産業医との面談はとにかく事務的であり、カウンセリングのようなものを期待していた自分は、その雰囲気に圧倒されてしまいました。ただ、とにかくこれで自分は普通ではない状態だということが分かり、ある種の安堵感を覚えたのでした。
※ 産業医については、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
(参考記事)産業医は現代の駆け込み寺!?実際の体験から学ぶ、面談の効果的な利用法とは
産業医の面談前に必ずしておくこと
こうして私は期せずして就業禁止の措置が取られることのなったわけですが、実は産業医の面談前にしていたあることが私を救ってくれていたことが分かるのでした。
さきほど体調悪化の過程で咳が止まらなくなったと書きましたが、あまりにも症状がひどかったために近所のクリニックを受診していたのです。結果的にはストレスから来るものだろうということで咳止めをもらっておしまいだったのですが、産業医の先生によるとこの行為が非常に重要だったというのです。
それは何故かと言うと、社員というのは仕事をする上でまずは体調管理をする義務があり、その義務を果たしているにも関わらず体調が悪化している場合に、会社側に問題があるとみなされることになるからなのだということでした。
今回の私の例でいえば、咳が止まらないときにきちんとクリニックを受診するなどの体調管理をしているにも関わらず体調が悪化しているのは、ほかならぬ会社側に責任があり、従って私は会社を休んで療養する権利が認められる、ということになったわけです。
ですので、もしも不幸にして私のような状況に陥ってしまった場合は、クリニックなどを受診し、そこで受診した記録などを取っておいた上で産業医面談に臨むのが良いかと思います。
組織外を巻き込んだことが成功の秘訣だった
産業医面談により就業禁止が言い渡されたわけですが、業務引き継ぎのために何日かは会社に出勤することになりました。
引き継ぎの過程で何人かのマネージャーとメールのやり取りをするのですが、産業医から就業禁止措置が出ているという話しをするとみな腫れ物にさわるかのように慎重な姿勢を取るようになりました。うっかり引き継ぎ以外の仕事を頼んでしまうと、彼ら自身にペナルティが課せられてしまうからです。
また例のビジネスマッチョとは直接のやり取りをしなくて済むように、人事から担当の人が送り込まれ、全てのコミュニケーションは彼を通じておこなえることになりました。
ここで感じたのは、今まで組織内で問題を解決しようとしてうまくいかなかったのが、一旦産業医だとか人事などの外部の組織が加わるようになると、途端に物事がスムースに進むようになったということです。
ですので、職場環境や人間関係で行き詰まったとき、組織内で解決できない場合はとにかく外へ外へと逃げ道を拡大していくということが重要だということなのです。そしてそのための避難経路は体調が悪化していないときからしっかりと確認しておくこと、これこそが自分自身を守る上で非常に大切なのだということを述べておきたいと思います。
次の一歩を踏み出すために休暇の種類をしっかりと把握する
こうして就業禁止措置が取られ自宅での療養をすることになるのですが、療養後の道は大きく分けて2つあることが分かりました。ひとつは回復後に職場復帰すること。そしてもう一つは転職することです。結局私の場合は後者の道を選ぶことにしました。仮に職場環境が改善されたとしても、私自身の仕事に対する適正は変わらないからと思ったからです。
そこで転職の道を選んだ場合、限られた時間で次の職場を探す必要があります。そのためにも、自分にはどういった種類の休暇がどの程度残っているのかをしっかりと把握することが重要です。
傷病休暇
会社の就労規則にもよりますが、殆どの場合は有給とは別に傷病休暇が設けられていると思います。この場合、医師の診断書が必要となることが多いと思いますので心療内科などを受診して診断書をもらえば、精神的な傷害でももちろん傷病休暇がもらえます。
有給休暇
心身の健康を害するような職場環境ではろくに有給など取れるはずもないと思われますので、そこそこの分量の有給がたまっているはずです。転職を念頭にして休暇を取ることになった場合、有給期間がいつ切れるのかは日にち単位で大事になってきますので、人事にしっかりと確認するようにしましょう。
傷病手当金について
傷病休暇と有給休暇を使い果たしてもなお体調が回復しない場合は無給の状態で治療に専念することになります。その場合、健康保険組合から給与の3分の2程度の手当金が出ます。これを傷病手当金と呼びます。傷病手当金は最長で1年6ヶ月間まで支給されますので、有給がなくなってもなお体調が回復しない場合、手当金をもらいながらしっかり療養に専念することができます。
傷病手当金がもらえる期間や金額については、休暇を取る前に人事などにしっかりと説明をしてもらうのが良いでしょう。
私の場合は自宅で療養することで身体的な症状は比較的すぐに落ち着いたことと、転職先の見通しが立ったため、傷病手当金はもらわずに退職という形を取りました。
会社を辞めるためのポイント
何事もそうですが、ものごとというのは始めるよりも終わらせるほうがよっぽど大変です。これは会社での勤務にも同じことがいえます。
退職という選択肢はずばり逃げることです。そしてほとんどの人のメンタリティとして、逃げることは悪という発想があると思います。しかし、実は逃げることというのは非常に頭を使うことであり、想像以上にクリエイティブな作業なのです。そのことが分かっていないと、いつまでたっても破壊的な環境から抜け出すことができず、身を滅ぼしかねません。
そして少なくとも会社から逃げ出すために必要なのは勇気などではなく、ちょっとした知恵とテクニックなのです。
以下、逃げるために必要な考え方について今まで述べてきた点を整理してみたいと思います。
ポイント1 組織内の問題を組織内で解決しようとしない
プロジェクトや上司に問題があった場合、それらの解決を同じ組織内の人間に訴えてもほとんど意味がないと考えておいた方がいいでしょう。
ポイント2 外部の組織をまきこむ
ある程度の大きさの企業であれば、メンタルヘルスやハラスメント対策のための部署が必ずあります。健康なときから常にそのような「避難経路」を確認しておくことが重要です。そして少しでも体調に違和感を感じたら、こうした組織をまきこむことが解決への糸口となります。
ポイント3 産業医をうまく使う
産業医は会社側の人間ではありますが、かといってあなたの敵でもありません。会社側に問題があると認められた場合はあなたを守ってくれます。そのためにも、本文中に書いたとおり、日頃から体調管理をしっかりとおこなっていたという証拠を用意しておきましょう。
ポイント4 休暇をしっかり取る
産業医面談のあとはまとまった休暇を取れることになるはずです。その場合、どのような休暇がどれくらい取れるのかしっかりと確認しておきましょう。休暇期間が長ければ長いほど、次のステップである転職活動期間も長くすることができます。
ポイント5 無理して復帰するよりも転職の道を選ぶ
会社から逃げ出すのが怖いのは、収入の道が絶たれてしまうという恐怖心があるからです。別の職場に転職できると分かっていればそういった恐怖心も和らぐでしょう。そのためには早い段階から転職エージェントなどに登録しておき、転職という道が開けていることを確認しておくのが大事です。一度でもあなたの健康に危害を与えるような職場は、できれば二度と近づかないことが望ましいです。
転職をする上で重要なのは相性の良い転職コンサルタントに出会うこと。頼りになる担当者がみつかれば、精神的にもかなり楽になり、豊かな人生を再スタートするきっかけとなるはずです。
どの転職サイトでも大きな違いはありませんが、代表的なものは以下の記事に記載してありますので参考にしてみてください。
(転職サイト選びのおすすめ記事)⇒ 転職で人生を変えよう。おすすめの転職サイトと絶対に押さえておきたいポイント
また、どこを選んだら良いかわからない場合、とりあえずのおすすめとしてはDODA(デューダ)が良いと思います。業界最大手で求人数も非常にたくさんあり、担当者の数も豊富です。私もうつ気味になったときにまっさきに登録したのはDODAでした。公式サイトは下記になります。
DODA公式ページ ⇒ 転職成功の秘訣は、サイトに公開されない求人にあった。
転職コンサルタントと面談をしたら必ず転職しなくてはならないと思っている方もいるかもしません。実際はそんなことはまったくなく、とりあえず話を聞くだけというのでも構いません。実際、私はかつて転職エージェントと面談した際に、「今のタイミングであれば無理して転職しなくても良いかもしれませんね」とアドバイスされたこともあります。
(参考記事)転職はいつするのが良い?適切なタイミングは自分ひとりで決めないことが大事
まとめ
仕事をするというのは、多くの人にとっては単に収入を得る以上の意味があります。それだけに、その仕事が実は自分にとって精神的に大きな負担になっているとき、そのことを認めるまでに時間がかかってしまいます。
大事なのはそういった環境から一刻も早く逃げ出すことであり、そのために必要なのは勇気ではなく知恵です。
しかしながら、身体が明らかに不調になってしまってからではその場所から逃げ出すための知恵を出すことも困難な場合も多いでしょう。そうならないためにも、常日頃から逃げ道を確認しておく、いわば職場からの避難訓練をしておくことがこれからの働き方を考える上で重要ではないでしょうか。
避難経路の大まかな道筋について、今回の記事がお役に立てればと思います。
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