ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-31】ポスドク、歩み出す。

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1次面接合格の知らせを受けてから数日後、最終面接についての詳しい情報が清水さんから送られてきた。

面接の相手は日本支社長のアメリカの方、日本語はしゃべれないため基本的には英語のコミュニケーションになるという。ただ、今回のポジションは特に英語のレベルを求めている訳ではないので、英語がしゃべれなくても問題になることはないという。そうはいっても、せっかく社長と話せる機会なのだから、考えている事を伝えられないのはもったいない。ある程度は準備をして臨むのがいいだろう。簡単にいうとそういったことだった。

最終面接が英語だというのは予想していないことだった。僕はあわてて、英語インタビュー用の本を買って準備することになったのだが、次第になるようになれ、という気持ちになってきた。国際学会では英語で発表するし、セミナーだって外国のお客さんがくる時は英語でやっている。

だからといって英語が得意かというと、そんな気持ちはからっきしなかったのだが、かといって今更どうなるものでもなかろうという思いの方が強かった。英語でコミュニケーションするときにいつも思うのだが、要は何を伝えるかという中身そのものが大事であって、伝え方は誠意さえあれば何とかなる、というのが僕の結論だった。今回の転職活動で言いたいことは十分すぎるほど考え尽くした。あとは、それを伝えるだけだ。

英語に関するポスドクの意識は、だいたい誰も似たようなものであると思う。使うのは面倒臭いが、使わないとしょうがないから、必要に応じて使う。それだけだ。

そんなことを考えているうちに、最終面接の日を迎えることになった。意外なことだったが、面接会場までは清水さんも同行するという。

「こうやって候補者の方を責任もってクライアント企業までご案内するのも、私達の役割なんですよ。」

そう語る清水さんの表情はさすがに硬かった。清水さんは言う。

「一次面接の評価は非常に高かったようです。兼道さんの持っている強みが、いい感じで相手に伝わったんですね。この経験を勝ちパターンとして記憶に焼き付けましょう。今後、兼道さんが転職活動を続けていかれるかもしれない、そんな中で、前回の勝ちパターンをうまく応用していくこと、それが大事です。」

今後、という清水さんの言葉は僕に対する気遣いのようだった。もし、仮にこの面接がうまくいかなかったとしても、まだチャンスはいくらでもある。そうやって励ましてくれているかのようだった。僕はその言葉を黙って聞いていた。清水さんの心配とは裏腹に、僕の心は不思議な気力で満ちているような気がしていた。




本社オフィスに着くと、担当人事の人が出迎えてくれた。30代中盤くらい、短くかりこまれた髪と、細いフレームの眼鏡の風貌は、いつかの戦略コンサルのときのミスターロジカル氏と良く似ていた。

「やあ、清水さん。お久しぶり。」

そうやって清水さんに挨拶をするところをみると、どうやら知り合いらしい。僕の方をみると、びっくりするぐらいの大声で自己紹介をしてくれた。

「人事の西です。よろしく。どうよ、緊張してる?」

そういってニコニコと笑っている。緊張を和ませるような、気さくな笑顔だった。どうやら性格はミスターロジカル氏とはまったく違うようだ。僕はちょっとだけホッとした。

「それでは、私は別室の方でお待ちしておりますので。」

清水さんはそういうと僕らと別れた。

面接室に向かうあいだ、西さんは僕に向かって今回の採用の件について話してくれた。

「もともとうちもポスドクを採用するようなことはなかったんだけれどね。ただ、我が社もグローバルで見ればPh.D.をもっている人材なんてたくさんいるし、日本でも専門知識をもった人材を取ろうということになってね。1年ほど前から積極的に採用するようになったんだ。今マーケティンググループに一人ポスドクだった人がいるけれど、これがハマってね。とっても良くやってもらってるんだ。僕は、個人的には博士という人材を活用したいと思っている。だから、今回の面接では是非頑張って欲しい。」

西さんはそういうと、僕の肩をたたいた。

面接室に着くと、社長が来るまでしばらく一人で待っていて欲しいといわれた。西さんと別れて面接会場で一人待つあいだ、僕は一年間に及ぶ転職活動のことを考えていた。黒岩さんと人生の天秤について話したこと。運命の本と出会ったこと。幾たびにも渡る戦略コンサルの面接。ケース漬けの日々。そして今、自分は外資系メーカーのアメリカ人社長と面接をしようとしている。こんなことは、1年前の自分には想像もつかないことであった。人生は縁なんだな、とつくづく思う。

そんな感傷に浸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

面接室に入ってきた社長は、40代前半くらいだろうか。ホームページの写真で見るよりもずっと若く見えた。

「I'm pleased to meet you」

僕は、ぎこちなくそういった。いよいよ面接が始まる。

質問されたことは、だいたい予想していた通りのものだった。なぜ我が社なのか。なぜこのポジションなのか。ポスドクとしての経験がどう活かされるのか。

なかには、顧客や株主からのプレッシャーにどう答えるのか、といった予想外の質問も飛び出したが、それでもなんとか自分の意見を伝えられるように努力した。社長は、僕のつたない英語にも辛抱強く付き合い、君が言いたいことはこういったことだね、とフォローしてくれたりもした。

面接時間の30分はあっという間に過ぎた。

面接終了後、しばらくこの部屋で待っていて、と言われた。気がつくと、手のひらは汗でびっしょりだった。僕は、自分が何をどういったのかほとんど思い出せないでいた。今までの面接では味わった事のない脱力感が僕を襲った。

ふいに面接室に西さんが入ってきた。
「お疲れ。どうだった?」

僕は、正直なんだか良くわからないと答えた。

「ははは、まあ、とにかくお疲れさまでした。それでは、ちょっとこちらに来てください。」

そう言われてついて行った先の部屋には、清水さんが待っていた。

「もうしばらくだけ、この部屋で待っていてください。」
西さんはそう言うと、僕らを残して部屋から出ていった。

「お疲れさまでした。どうでしたか?」

そう尋ねる清水さんは、さながら受験結果を聞く母親のようだった。

「ええ、やれることはやりました。ただ、正直よくわからないというか。。。今までのような、打ち解けたような雰囲気というには程遠いとは思います。なにぶん、英語で面接を受けるというのが初めての経験だったので。ただ、伝えたいことはしっかりと伝えることができたかな、とは思いますが。」

僕の話を、清水さんは難しい表情で聞いていた。待合室に、沈黙の時間が流れた。

そのとき、ふいに部屋のドアが開いた。西さんだった。

「おめでとう!」

部屋に入るなり、西さんはそう言った。

僕は事態が一瞬飲み込めなかった。隣にいた清水さんが、いち早く了解したようだった。

「やったー!」

満面の笑みでガッツポーズを取る清水さんを見て、僕もようやく何が起こったのか分かった。

待ち望んでいた、そして僕の人生が航路が決まった、そんな瞬間だった。

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オフィスを後にし、僕と清水さんは喜びながら帰路についた。

「それにしても、あの場で決まるとは思いませんでした。」

清水さんは興奮冷めやらぬ口調でそういった。確かに、面接直後に内定が出るものとは僕も考えてもいなかった。西さんは、

「我々の強みはスピードとフットワーク。意思決定は素早くおこなっていくんです。大丈夫、安心して。これで取り消し、ってことは100%ないから。完全に正式な内定です。」

といって笑った。

「これから引っ越しや書類の準備など慌しくなっていきますが、我々の方でも最後まで責任をもって支援させていただきます。今後ともよろしくお願いします。それにしても、今日は本当におめでとうございました。」

駅の改札口まで来ると、清水さんはそういって僕を見送ってくれた。

急行電車の中で、僕はいままで起こったことが夢であったような、不思議な気持ちでいた。それでも、自分のことのように喜んでくれた清水さんの笑顔はしっかりと脳裏に焼き付いていた。転職エージェントにとって、自分が担当している人の内定が出ることほどうれしいものはないだろう。それが、目の前で起こったとしたらなおさらだ。エージェントとしてのやりがいを噛み締めつつ、清水さんはポスト「ポスドク」人生をしっかり歩んでいる。自分もいつか、仕事であれほどの喜びを感じられるような日を迎えたい。僕は、流れていく窓の外の景色を見つめながら、そんなことを考えていた。

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