ポスドク転職物語

戦略コンサルへの転職、最終面接で聞かれた驚きの質問とは?

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研究室を脱出せよ!【23】ポスドク、いざ最終決戦。

研究室を脱出せよ!【目次】

最終面接の日、いつものように待合室へ通された僕は、今日この日、自分の人生が決まるのかと思うと、武者震いせずにはいられなかった。気持ちを落ち着かせようと、出されたばかりのお茶を一口すする。それにしてもいつも思うのだが、戦略コンサルで出されるお茶というのは、とんでもなくうまい。一体いくらの茶葉なのだろう。お茶に限らず、オフィスの内装、名刺の厚紙、そして立地と、すべてが豪華なのが戦略コンサルだ。ここで働くというのはどういうことなのだろう。田舎暮らし、貧乏暮らしがすっかり板についた自分にとっては想像もできない世界だった。

などとくだらないことを考えていると、面接官が入ってきた。若手が多いこの世界にしては年配の部類に入るだろうか。40代前半から後半、髪にはうっすら白いものが混じっていた。いかにも高そうなスーツを着こなし、身体からは自信によって湧き出るオーラのようなものが漂っていた。いままであったことのないタイプのコンサルタントに、僕は思わず身構えた。渡された名刺には "vice president" と書かれていた。

「じゃあ、始めましょう。どうぞよろしくお願いします。」

面接官は、穏やかではあるが、良く通るはっきしとした声でそういった。

「まず始めに伺いたいんですが、戦略コンサルティングの仕事について初めて聞いたのはいつのことですか?」

僕は、黒岩さんの机に置いてあった本との運命的な出会いのことを話した。さらに、大学の同期で戦略コンサルに行ったという人間がいたことを後になって思いだしたことを付け加えた。

「なるほど、その彼とはその後連絡などは取ったりしましたか?」

「はい。戦略コンサルを受けるにあたって、一度電話で相談にのってもらいました。」

「ほう。それで、彼は何と言っていましたか?」

「やりがいはあるが、とにかく厳しい世界だと行っていました。入社当初、プレゼンテーションの練習中に泣かされてしまったことがあると嘆いていました。」

面接官は僕の話に、少し笑みをこぼした。

「いやあ、あそこは軍隊式のマネジメントを取ることで有名でねえ。その点、うちにはそういうカルチャーは無いので泣かすことはないと思いますよ。各々のやり方にまかせるというか。ただしね、そういうところでしっかりと自分を律することができない人というのは、結果的に将来に泣くはめになるというか、そこを気をつけなくちゃいけないんです。」

その話に、僕はなるほどなと思った。マネジメントのスタイルは色々あれど、どの戦略コンサルも人材をどうやって育成するかについて、真剣に考えているようだった。あとは、その中から自分にあったスタイル・カルチャーを探し出せばいいというわけだ。ただし、こちらに選ぶ権利があったとしてだが。

この話を皮切りに、場の雰囲気が和んだのが分かった。僕らはざっくばらんに、研究の話しや、アイディアをいかに出すか、などといった話題を楽しんだ。

「ところで」

話しが一段落したところで、面接官は手元の資料をみながらこう尋ねた。

「職務経歴書に、知的好奇心の追求とありますが、これについて説明してくれませんか?」

僕は、提出した書類に関する質問に関してはあらゆるものを想定していた。この質問も、事前に考えたものの一つだった。僕はすらすらと答える。

「知的好奇心は、ただの好奇心とは違うと思うんです。単なる好奇心だけだったら火事の見物でもいいわけですから。知的好奇心は、何故そうなっているのか、物事の本質を理解しようとする探求心だと思うのです。それは、研究においても、企業経営のコンサルティングでも同じことだと思います。」

そう述べた後、僕はたとえ話をした。

「血液型占いにはまる人がいますが、占いが当たっているか気にするのは単なる好奇心でしょう。でも、知的好奇心のある人ならば、なぜ人は、あるいは日本人は、血液型占いが好きなのか、それについて疑問をもつでしょうね。」

といいながら、僕は内心しまった、と思った。何故日本人は血液型占いにはまるのか、僕はこれにロジカルに答えられるのだろうか。

僕の一瞬のあせりを、面接官は見逃さないかのようだった。

「なぜ、人は、あるいは日本人は、血液型占いが好きなのだと、あなたは思うのですか?」

僕は、自分がしゃべっている間になんとかして浮かんだ答えを話した。

「一つ考えられるのは、日本人の均質性ではないでしょうか。日本は他国にくらべて言語、民族などが極めて均質的ですよね。そういった中で、自分のアイデンティティーを持ちたい場合、なんらかの形で分類されると、人は落ち着きをおぼえるのではないかと。」

面接官の目がするどく光ったような気がした。

「なるほど。ただ、その議論は、血液型占いは日本人に限定して流行している、という仮説を前提にしていますね。」

「え、ええ。はあ。」

僕はそう答えるしかなかった。

「ただ、まあそんな気もしないではないですね。ではですよ。」

面接官は畳みかけるように言った。

「そもそも、人はなぜ占いを信じようとするのでしょうか。」

そういって、僕の目をじっとみつめた。

僕は、はっきりいってすっかり舞い上がってしまった。先ほどまでの落ち着きが嘘のようだった。僕は、さっき思いついた意見にすっかり捕らえられてしまっていて、「やはり何らかの形で分類されようとする欲求が強いのかも知れません」とだけ答えた。

面接官は、困ったなあというような顔をして、続けた。

「他にはなにかありませんか?そうですか。そうですね、僕だったら、大きく2つの理由があげられる。まず第一点。人は占いに頼っているといいながら、実はすでに答えを持っている場合がある。そういうとき、外部の人からの命令という形で、実行に踏ん切りをつける、それが一つ目の理由。もう一つは、占いというものを使うことで、通常では思いつかないような独創的な考え方に触れることができる。それが2つ目です。」

僕は、この短時間のうちに理路整然とここまで整理して物事を説明する能力に驚いた。同時に、これはどこかで見たことがあるな、とも思った。そして、それはいつも居部屋で黒沢さんと話すときに感じたことと同じものだということに気付いた。

面接はこれで終わりだった。僕は、雑談をしているうちにいつのまにかケース問題が出題されていたことにようやく気付いた。

僕が席を立とうとした瞬間、面接官は最後に

「なにか趣味などありますか?」

と聞いてきた。僕は音楽が好きで、最近はウクレレにはまっているという話しをした。

「音楽好きなら、うちにもたくさんいますよ。この前、みんなで集まって何か演奏していたなあ。」

彼はそういいながら微笑んだ。今日一番の笑顔だった。

「みなさんと一緒に演奏できるのを楽しみにしております。」

そういって、僕はオフィスを出た。

青木さんからの連絡はほとんどの場合メールだった。電話をかけてくる場合でも、事前にメールでこちらの都合を確認してきた。実験中だった場合、電話に出ることができないからだ。青木さんからのメールはラボのPCでも読めるようにしておいたので、僕はすべての受信メールをドキドキしながら開けるはめになった。実験ノートを書いたり、論文の検索をしている間も、結果のことが頭から離れず、気が気ではなかった。

面接の手応えはというと、正直よく分からなかった。一番始めの面接で感じたような穏やかな雰囲気とまではいかなかったが、うち解けた感じで研究の話しや志望動機について説明できた。一方で、突然出されたケースについては、満足のいくような答えができたとは思わない。そうはいっても、5次面接までのケースもしどろもどろになりながら答えてきたことを考えると、今回に限って特別悪かった、とは言えないような気もする。

面接からちょうど一週間が過ぎた日のことだ。メールソフトを立ち上げると「受信 1」となっていた。僕は直感的に青木さんからのメールだと思った。

青木さんは非常にわかりやすい人で、合格だった場合は、件名がいつも「おめでとうございます。」で始まっていた。僕はおそるおそるメールボックスを立ち上げた。

件名は、「今回の面接の件ですが。。。」となっていた。青木さんからのメールだ。

僕は脳天を殴られたような気がした。硬直したような感覚の右手で、ゆっくりとメールをクリックした。

今回の面接ですが、大変残念なことに、お見送りとなってしまいました。

メールにはそう書かれていた。

僕は全身の力が一気に抜けていくような感覚に襲われた。

一年間にわたる僕の転職活動は、振り出しに戻った。

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