ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-18】ポスドク、洗礼を受ける。

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そうこうしているうちに、一社目の面接を受ける日を迎えた。

東京までの急行に乗るあいだ、僕はいままでに解いたケースの問題を何回も見直した。緊張していないかといったらウソになるが、学会発表みたいなもんだと思えば、さほど苦痛にも感じることはなかった。

それでも、スーツで歩く東京のオフィス街には圧倒される思いだった。横浜生まれの東京育ちだとはいえ、学生として過ごしたときと比べるとこの街の印象は全く別のものだった。街行くビジネスマンにすれ違うたびに、この人達も何らかの形で経営というものに携わっているのだと思うと、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

面接会場は、そんなオフィス街の中でもひときわ高く立つビルの中にあった。筆記試験の際にも一度訪れていたが、入館の仕方からして未だに慣れない。まず受付のお姉さんのところに行って予約をしている旨を伝えるのだが、その際に、

「10時よりOO会社さんとお約束をいただいております、ケンドーと申します。」

といえば、30歳間近のオトナが面接に訪れたということを周りの人に知られずに済む、という技を覚えた。そうするとお姉さんはパソコンのモニターで何やら調べる。僕のアポイントメントが登録されているかどうかを調べているらしい。めでたく確認が取れると入館証とよばれる細長い紙切れをもらうので、それをスーツのポケットに突っ込む。で、エレベーターのある場所に案内されると、今度はそこに防犯ゲートがある。そこにいるガードマンの人にさっきの入館証を見せると、お待ちしておりました、といって防犯ゲートの扉が開く、といった仕組みである。防犯とは無縁のオールウェーズオープンの大学の研究室で長年暮らしてきた身としては、なんだか超VIPになったような気がしてムズムズする思いだ。

37階のオフィスに着くと、今度は正直に

「10時より面接のお約束をいただいております、ケンドーと申します。」

といった。受付の人に案内されて応接室のようなところに通される。

部屋に入ってから5分くらいして、面接官が入ってきた。面接官と言っても、戦略コンサルの面接はコンサルタント自身がおこなう。生まれて始めて見た生のコンサルタントは、年の頃30歳半ばごろ、しっかりとした体格だが優しそうな目付きをしていた。ただ、全身からはどことなくパワーのようなものがみなぎっていた。

「今日は遠いところからわざわざお越しいただいて、どうもありがとうございます。」

そういって僕に名刺を渡した。僕もあわてて名刺を出した。こんなこともあろうかと予め自宅のプリンターで名刺を作っておいたのが良かった。名刺交換の仕方は行きの電車の中でyoutubeを見ながらシミュレーションしておいた。まさに突貫工事である。

簡単な自己紹介を済ますと、今おこなっている研究について教えてくれませんか?と聞かれた。僕は、専門家以外でも楽しんでもらえるように、具体的な例や、失敗談などをおりまぜつつ話し始めた。こんな感じでいいんだろうか。話しながら、僕は目の前にいるコンサルタントの表情を常に見続けていた。ひと通り話し終わると、彼は意外にもこういった。

「いいなあ、おもしろいなあ。僕もそっちにいきたくなってきたよー。」

冗談で言っているのかと思ったが、表情は穏やかだし、なにより研究のことについて色々な質問まで受けた。話が再生医療のことになると、彼は

「そういえば、この前テレビでやってたけれど、切断した指を再生させる魔法の粉が開発されたとか。」

と聞いてきた。幸い僕もその番組を見ていたので、

「ええ、ただですね。あれは実はトリックがありまして。。。」

といって、専門家筋では有名な話を披露した。コンサルタントはおもしろがって聞いていたが、

「なんだー、トリックなんですね。いやあ、今日はいい話が聞けたなあ。」

といって笑った。そしてもう一度、僕もそっちの世界に行きたくなりましたよ。といった。

その後、話題は研究の話から、進化、哲学の話題へと移り変わっていった。サイエンスとテクノロジーの違いや、研究とコンサルティングの関連など。あるいは、音楽の話ではピアニストの辻井伸行氏が「見た」世界を、私達が再発見するという逆転現象の妙など、話題は尽きることがなかった。ただ、いつまでたってもケースの問題は出される気配がなかった。

そうこうしているうちに予定の1時間はあっという間に過ぎてしまった。彼は時計を確認すると、

「では、今日はありがとうございました。結果は後日お伝えしますね。本当に遠いところをわざわざありがとうございました。」

といってエレベーターまで見送ってくれた。

僕は、生まれて初めての面接を終えてぼーっとした気持ちでいた。普段あまり話すことのない濃密な話題を語り合えたということで、軽い興奮状態に陥っているようでもあった。ケース問題が出題されなかったことは意外であったが、それでも言葉にできない満足感を覚えた。

翌日、青木さんから1次面接通過の連絡を受けた。




青木さんには、面接の様子がどうだったかをまとめたレポートを送ることになっていたので、昨日のやりとりをまとめてメールで送った。青木さんはレポートを読むと次のようなコメントを送ってきた。

「実は、こうした一見して雑談で終わってしまうような面接も結構あるんですよ。ただ、そうした中でも、ロジカルに物事を捉えているのかとか、相手に理解してもらえるような話し方をしているかなど、細かい点をチェックしてるんですね。今回の面接は雰囲気も非常によろしいようでしたし、この調子で頑張ってください。ただ、ケースの練習は引き続きしっかりとお願いします。」

青木さんからのメールを読みながら、僕は1次面接を終えたばかりの気持ちを振り返っていた。あのとき感じた満足感はそれほど的はずれなものでも無かったのかもしれない。人と人との交流というか、そういったもが結局のところは一番大事なのではなかろうか。僕は、うっすらながらも面接というものに手応えを感じていた。

残るもう一社の面接は、それから間もなくした金曜日の夜におこなわれた。

場所はこの前のオフィスビルから少しはなれた位置にあるところで、最近建てられたばかりだという大層立派なビルの中だった。

受付の方法や、オフィスの中の様子は驚くほど良く似ていたが、今回の面接担当のコンサルタントだけは以前とは全く異なる雰囲気だった。

年齢は30歳半ばくらいだろうか。痩せ型で髪を短く刈り込んでいる。細いフレームの眼鏡からのぞくまなざしは鋭く、いかにも切れ者という言葉が似合い過ぎているくらい似合っていた。第一印象の予想にたがわず、面接の第一声はこんなふうに始まった。

「わたしが今回の面接であなたにお尋ねしたいことは、ただひとつだけです。それは、我々があなたを獲得することによって、我々にどんなメリットがあるのか。それだけ教えてください。」

それだけいうと、あとは僕のほうをじっと見つめた。表情は硬く、笑っているのか怒っているのか、一切うかがい知ることはできなかった。

僕は突然のこの質問に戸惑った。いままで何度も考えてきたように、事業経験のない30歳近いポスドクを戦略コンサルが雇う理由は、特にみつからなかった。それでも、なにかの理由があって書類が通り、この場所にいるのだ。獲得する理由はどちらかというと僕のほうが教えてもらいたいくらいだ。

などといっても始まらない。僕はこの質問を、ポスドクのもっている潜在能力はなにか、という質問だと理解することにした。そこで、職務経歴書に書いた3つの能力、「考えて、実行し、伝える。」を説明した。僕が話しているあいだ、面接官は一切顔をあげずに何かを手許のメモに書き続けていた。

僕がひと通り話し始めると、彼は顔をあげた。そして、少し間を置いたかと思うと

「なるほど、わかりました。ただ、、、。正直に言うと、それだけ?って感じですよね。」

とつぶやくように言った。

僕は突然の先制パンチを食らったような気がして、一気に鼓動が高まったのがわかった。全身から脂汗がジワッと音をたてて吹き出してくる。

「まあ、それしかないのならしょうがないですけど。」

彼はさらにそう付け加えた。

僕はあせって、いかにその能力が大事なのか、あるいは、ポスドクとして一人で責任をもってやってきたその経験がいかに大きな財産なのか、という点を力説した。ただ、僕の心臓は相変わらず早鐘を打つように鳴り続けていた。その間、面接官はなにかを言おうとしたり、顔を歪めたりしていたが、僕がひと通り話すのを黙って聞いていた。

「そうですねえ、確かにそうかもしれませんが。ただ。」

僕が話し終えると、彼はそういって何か考えていた。言おうかどうか一瞬悩んだようではあったが、意を決したように僕に向かってこう言った。

「話している順番が滅茶苦茶じゃないですか?もう少し考えてから話してください。なんか、ロジカルでないんですよね。」

この一言で、僕の気持ちは完全に折れた。

その後、ケース問題を一題出されたのだが、なんと答えたのかほとんど覚えていなかった。このオフィスの入っているビルのエレベーターホールで店を出すとするなら何がいいか、といった内容だったが、僕の答えは全く面接官には響いていないようだった。

帰りの急行に揺られながら、この面接は絶対落ちたなと思っていたが、案の定「残念ですが。。。」という連絡が青木さんからすぐに入った。

こうして、僕の持ち駒はあっというまに一社になってしまった。

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