ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-16】ポスドク、ロジックに悩む。

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青木さんのコメントが帰ってきた日、僕は実験の都合ですっかり遅くなってしまい、居部屋には他に黒岩さんしかいなかった。ちょうどいいやと思い、いつものようにタンブラーでラーメンを食べていた黒岩さんにさっきのケースを読んでもらった。

黒岩さんは、僕の泣けるケースを読むなり、腹をかかえて笑い出した。あまりにも笑うものだから、ラーメンのカスが気管に入ってしまったらしく、後半は顔を真っ赤にしてむせ続けた。

「ちょっと、いくらなんでも笑いすぎじゃないですか。こっちは真面目にやってるんですから。」

そういって僕が顔をしかめているあいだ中も、黒岩さんはひいひい言って笑っていた。ようやく笑いがおさまると、悪い悪いといいながら、

「まあ、それにしても俺達みたいな研究一筋の人間に、商売のことを聞いてもわかる訳がないよなあ。」

と、しごくもっともなことを言った。

「それもあるんですけど、とにかくロジックが大切だって念を押されて。いったい何がロジカルなのか、さっぱりわからなくなってきましたよ。」

と僕が不満を述べると、黒岩さんはフム、とうなづいてホワイトボードの横にたった。どうやら、また黒岩先生による講義が始まるらしい。黒岩さんは僕の方を見るなり、

「俺に言わせるとな、ロジックロジックと何度も言ってくる奴は、くそだ。」

と、しょっぱなから凄まじいことをいった。




「ところでケンドー。ロジックが大切だっていうけど、それって何でだ?」

「え...。それは...。」

突然の質問に戸惑っていると、黒岩さんは僕の答えを待たずに勝手にしゃべり続けた。

「まず第一点は、」そういいながら人差し指を突き出した。

「ロジックの反対を考えると分かる。俺の考えでは、ロジックの反対は感情だ。」

黒岩さんによると、人は感情で物事を考えることが非常に多いらしい。それ自体は悪くないのだが、問題なのは感情は長続きしない、ということだという。

「一時の感情で推し進めた物語は、時がたつと必ず色あせるんだ。一方、論理的に考え抜かれたアイディアはどんな気分のときだってしっかりと立ち続ける。それどころか、素晴らしいロジックは人々を感動させることだってあるだろ。だから論理が先で、そのあとに感情。このコンビネーションが大事なんだ。研究でもそうだろ?」

そういうと、ホワイトボードに「ロジック→感情」と書き込んだ。

「第二点はだな」といって親指を出した。このジェスチャーはなんかむかつく。

「抜け漏れ重複を取り除きやすいこと。実利的にはこれが一番大事だな。俺らだって実験するときはロジックツリーみたいなものを書くだろ?その上で、ポジコンだったりネガコンだったりを設定するよな。ロジカルじゃなきゃ実験なんてできないんだよ。」

そういって、MECEとだけ書いた。

「一番大事なのは3番目だ。」

そういいながら中指を立てた。やる人がやると格好いいのかもしれないが、僕は知っている。黒岩さんのあごひげには、さっきむせたときのラーメンがこびりついているのを。

「それは、ロジカルに物事を考えられる人っていうのが、意外と少ないってことだ。少ないから素晴らしいって言ってるんじゃないぜ?ロジカルでない人がいたとするだろ。そうしたら、その人に向かって、ちょっとロジカルでないですね、何をいっているのかよく分からないので整理してからおっしゃってくれませんか、といえば、その人はビビって何も言えなくなるだろ。それが奴らの狙いさ。」

といって、「希少性」と書いた。

「ほいじゃ、俺は実験があるから。まあ、頑張ってくれよ。」

そういって黒岩さんは部屋から出ていってしまった。

僕は煙にまかれたように突っ立っていたが、よく考えて見ると黒岩さん自体が全然ロジカルじゃないのではないかという気がしてきた。そういえば、田所教授はことあるごとに「君は全然ロジカルじゃありませんねえ。」といっているのだが、黒岩さんはそれが気に食わないらしい。

そもそも、黒岩さんのロジックは感情まみれだ。3つのポイントだってレベル感がめちゃくちゃだし。唯一、最後にいっていた点だけは、猫騙しのようにべらべらしゃべって姿を消してしまった黒岩さんにはよく当てはまっているかもしれないけど。

結局、ロジックとはなにか、いつまでたってもはっきりした答えは出ないままだった。

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