ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-15】ポスドク、ケースで泣かせる。

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青木さんのケース問題の中には、一見すると意味がよく分からないものも混じっていた。

「千葉市にある宝石屋の売上を上げるには?」

どこから千葉市が出てきたのか謎だったが、青木さんによるとこうした一見意味不明のケースに対して、いかに落ち着いてロジカルに議論を進めることができるか、そこがもっとも重要なポイントなのだという。

僕は、とりあえず機械的に以下のように書いた。

「方針:【売上】=【客数】x【客単価】の式を念頭に浮かべつつ、そもそもユーザーは何故宝石を買うのか、ユーザーにとっての宝石とは何なのかを深堀りしてみる。その上で、売上の上昇の寄与が大きそうなニーズとセグメントを切り出し、いくつか打ち手を考えてみる。。。」

ここまで書いて、我ながら空虚感を覚えた。ニーズやらセグメントやら慣れない言葉を使っていても、本当の問題解決にはならなさそうだ。




僕は頭を抱えた。そうして、天井を仰ぎ見ながら千葉のことを考えた。そういえば浦安って千葉市?いや、浦安は浦安市か。でもディズニーランドは近いかな。あと、住人はどんな人だろう。
東京までは通勤圏内かな。だとすると、核家族が多く住んでいるか。

そんなことをボーッと考えているうちに、千葉にいる家族の物語を勝手に想像していた。それが、意外に面白い物語だったものだから、こいつを書いてみることにした。せっかくだから形式も少し工夫しよう。かつて宝石屋で買物をしたユーザーにインタビューをしているのだ。

問:千葉市にある宝石屋の売上を上げるには?

解:ええ、宝石堂さんですよね、うちの近くにある。はい、確かにあそこで買わせてもらいました。真珠のネックレス、ちょっと奮発してね。いやー、最初はかみさんに連れられてね、たまにはイヤリングでも買ってやろうかなって。そうしたら、うちの娘達がね、パパあれ見て、っていうもんだから。そうしたら、店の前に「ディズニーシーご招待」なんて書いてあってね。で、よく見ると、「ありがとう、おばあちゃんフェア開催中!」なんていう旗がたっててね。店の人に聞いて見たら、今こちらの商品をお買い上げのお客様には、もれなくディズニーシーのご招待券を差し上げますなんていうんですよ。なんでも、田舎にいるおばあちゃんに宝石をプレゼントして、一緒にディズニーシーにつれていってあげよう、って。商品はねえ、指輪とかネックレスとか。いや、結構いい値段がついているんでね、チケットプレゼントなんていうけど、商品に上乗せしてるんじゃないの、とも思いましたよ。でもね、うちのかみさんが、せっかくの機会だし、これもなにかの縁だからどうかしら、って、意外と乗り気でね。自分で買うものなら遠慮しがちだけど、プレゼントだとかえって気前が良くなるってことありません?

母さんはねえ、女手一人で僕を育ててくれて。父は僕が若いときに亡くなったもんだからね。幸い、小さいながらも母のやってた事業がうまくいって、生活には困らなかったけど、やっぱり色々苦労させてきたかなあと。僕が結婚してからは店を譲って、実家で一人暮らしだったんですよ。こっちに来ないかって何度か言ったんだけど遠慮しちゃって。そういうこともあって、かみさんなりの気遣いもあったのかな、その場で買うことにしたんですよ。ええ、娘達は大喜びでしたよ。なにせ初めてのディズニーだったんでね。

久しぶりの家族水いらずは楽しかったなあ。母さんも満足してくれてね。帰りはうちに泊まってもらって。そこで娘達から「おばあちゃん、ありがとう」っていってネックレスを渡してもらったら、母さん泣いちゃってねえ。

それから半年後くらいかなあ、母さんに悪性腫瘍が見つかったのは。見つかったときはもう手遅れでね、最後はあっけなかったです。それでもね、晩年は孫達と一緒にディズニーシーで獲った写真を眺めながら、あの時は本当に楽しかったね、なんて言ってたみたいですよ。枕元にはいつもあのネックレスが飾ってありました。最期はそのネックレスをつけてあげて見送ったけれど、本当に幸せそうな顔でしたよ。

僕はねえ、思うんですよ。あのとき宝石堂さんであのフェアをやっていなかったら、そしてあそこでネックレスを買ってなかったら。きっとあの思い出は生まれてなかったなっと思うんですよ。そういう意味では、妻の言葉じゃないけど、ご縁っていうんですか?高価なものですけどね、だからこそ人と人を繋げる力があるのかなと。それ依頼、記念日にはちょこちょことお邪魔させてもらっていますよ、宝石堂さんには。ですから、今はわかります。宝石を買うというのは、想い出を買うということなんですね。
僕はこれを書きながら思わず泣いてしまった。自分で書いた文章に自分で泣くという変態的な能力があることにもビックリしたが、こういうのだったらいくらでも思いつく。

僕はこの「泣けるケース」を試しに青木さんに送ってみた。

青木さんの見解は非常にシンプルだった。

「兼道さんは、どうもケースを誤解されていますね。」

こうして、僕の泣けるケース物語はお蔵入りになった。

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