ポスドク転職物語

論文を自分で書くことすら許されない、ブラック研究室特有の謎の掟。

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研究室を脱出せよ!【12】ポスドクの、やる気のスイッチ。

研究室を脱出せよ!【目次】

そんな年度末も押し迫ったある日、僕は田所教授のオフィスに呼び出された。

僕は多少緊張したが、実験は今ところ順調だし、さすがにここで打ち切ることはないだろうと思い、教授室のドアをノックした。

「どうぞ。」

そう言われて部屋に入ると、機嫌の良さそうな教授の姿があった。ただ、顔はこちらには向けず、一心不乱にキーボードを打ちながら何かを書いていたようだった。

「いやあ、それにしても兼道くんの研究はいいねえ。」

そう言うと、ひと段落ついたのだろうか、僕の方に視線を移した。

「先週まで学会で出張だったんだけど、君の研究について話したら非常に好評だったよ。それでね、これは早くまとめたほうがいいということになって、君の論文を書き始めたところなんだよ。」

そういって席を立つと、プリンタの方に向かった。そうして、いましがた打ち出されたペーパーをもってくると、僕の手に渡した。

それは、僕の名前と三井さん、そして田所教授の名前が書かれた英語の論文草稿だった。

ちょ、ちょっと待てよ、君の論文!?僕は論文なんてまだ書いてないぞ。それに発表ってなんだ。外部に発表するなんて聞いてなかったぞ!?

目を白黒させている僕にはおかまいなしに、田所教授は続けた。

「それでね、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど。」

そういうと、実験の細かい条件や、関連研究などについて質問し始めた。僕はどうしていいかわからず、とりあえず聞かれたことを順番に答えていった。それに対し、教授は次々とパソコンに打ち込んでいるようだった。

(僕の目の前で、僕の論文が、僕でない人によって書かれている!)

それからも教授とのやりとりは1時間以上続いた。その間、僕の目の前は真っ暗になって、何を聞かれたのかほとんど覚えていなかった。帰り際には、これからやらなくてはいけない実験について念を押され、「これからやることリスト」というものを手渡された。中身を見ると、ほとんどは言われなくてもやらなくてはいけない実験で、あとの残りは到底できっこないものだった。

僕は黙って頭を下げると、足早に教授室を出た。

廊下を歩く間、胸には熱い思いがたぎっていた。今、この瞬間に誰か知り合いにあったら、思わず涙を流してしまいそうだった。

その日、僕は職務経歴書と志望動機書を一晩で書いた。

それから数日して、僕はことの経緯を黒岩さんに話した。

黒岩さんによると、この論文の書き方は「田所方式」と呼ばれるものらしく、このラボでは標準的なやり方らしい。ポスドクがいくら論文を書いても、最終的には田所教授が全て書き直してしまうため、それだったらと最初から教授が全て書くようになったのがことの始まりらしい。それでは学生やポスドクの論文執筆能力が育たないではないかと思うのだが、楽をして論文が出るというので、一部の人にはかえって評判がいいらしい。特に三井さんなどは、データを取るだけ取り終わると、教授と二人きりになって一晩で論文を書き上げてしまうそうだ。

「でもなあ、あれだと教授の思った通りの筋書きになっちゃうんだよな。田所教授は生データは一切見ないだろ、だからあのやり方は結構ヤバイんだけどなあ...。」

そういうと、黒岩さんは顔をしかめた。

それにしても、僕は今回の件ではっきりと分かったことがある。僕は、自分の考えや行動を指示されるのが本当に嫌いだということだ。このラボでは、自分の研究を自分で書くことすら制限されているらしい。人によってはOKのこの慣習も、僕には耐えられないことだった。

やりたくないことがはっきりしたことで、やりたいこと、やらなくてはいけないことも明確になった。

少なくとも、転職をしようと考えている自分の考えに口を出すことのできる人は誰もいない。自分の人生は、自分の意思によって決めることができるのだ。ましてや、職務経歴書を僕の代わりに書いてしまうような人は、世界中どこにもいないのだ。そうやって考えると、途端に自由のもつ素晴らしさに全身がつつまれたような気がした。

悪いことばかりではなかった。田所教授のポスドクに対するスタイルを目の当たりにして、怒りの感情がピークに達したのだ。これが、長らく忘れていた転職に対する僕のモチベーションを呼び覚ましたのだ。

こうして、僕の転職活動は意外な人によって後押しされる形となったのだった。

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