ポスドク転職物語

若手研究者は自分の研究テーマを続けるか決める権限すら持たない。

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研究室を脱出せよ!【10】ポスドク、地獄と天国と。

研究室を脱出せよ!【目次】

こうして転職活動の火蓋が切って落とされたわけだが、その直後に意外な事が起こった。一つは悪い事件で、もう一つはいい事件だ。どちらも研究の話である。

ある朝、いつものように研究室のパソコンを立ち上げると田所教授からメールが入っていた。僕のような末端のポスドクに教授から直接連絡がくる事は珍しかったので、何だろうといぶかしながらメールを開けてみると、次のような内容が書かれていた。

来週、再生医療関係の有名な先生がアメリカから研究室にやってくる。その先生は君にやってもらっている実験に関連した研究をしている。せっかくアメリカからやってくるのだから、なにかいいニュースでも持って帰ってもらいたいのだが、最近のデータはどんな感じだろうか。簡単にいうとこういった内容である。

僕は、確かめなければいけない実験がまだいくつか残っている、と前置きした上で、いままでやった実験は全て当初の期待とは逆の結果になっていそうだ、と返信した。

メールを出し終わると、いつものように実験室に向かった。その後、僕は田所教授にメールを出したことすら忘れていたのだが、お昼休みになって居部屋にもどってメールをチェックしたとき、僕の顔は一気に青ざめた。

田所教授の返信メールにはこう書かれていた。

「なるほど、わかりました。じゃあこの研究は中止だね。残念でしたが、また次のテーマがうまくいくといいのですが。」

そして、文章の最後にはごていねいにウインクマークの絵文字までついていた。

僕が黙ってパソコンのモニターを凝視していると、何事かと黒岩さんが近づいてきた。僕はなにも言わずに、黒岩さんにモニターが見えるように上体をずらした。

黒岩さんはモニターを眺めるなり、「あちゃーー」といって、素っ頓狂な声を出した。

「ケンドー、あのデータを教授にみせちゃったのかあ。」

そういうと、黒岩さんがは憐れむような顔で僕を見つめた。

「まあ、でもいつかは見せなきゃならんかったからなあ。タイミング的にはしょうがないか。。。」

そういうと黒岩さんは今回の件についての解説を始めた。

田所研ではポスドクが自分で新しいテーマを始めるのは難しいが、それにもまして、いつどのタイミングでテーマを終了させるかを自分の意思で決めるのは困難だという。もちろん論文が発表されればそのときが終わりなのだが、全ての研究が論文になるとは限らない。運悪く結果のでないテーマのときは、どこかで撤退の判断を下さなければならない。そのタイミングは、基本的には田所教授次第だというのだ。いくら研究員の方で見込み無しと思っていても、田所教授が諦めなければ永遠に研究を続けることになるという。逆に、今回のように全てのデータが出ていなくても教授判断で中止になることも珍しくないそうだ。

そう説明すると、黒岩さんはいつものように、

「まあ、それがここのやりかただからなあ。嫌だったら出ていくしかない、ってことなんだろうな。幸い、職を探している代わりのポスドクは山ほどいるわけだしな。」

と自嘲気味に笑った。

というわけで、教授の意向で始められた僕の研究は、教授の意向によって終了することになった。

僕はというと、この自体をある程度冷静に受け止めいてた。もうこの研究室で何が起こっても驚かなくなっていた、というのもあるが、実は密かに別のテーマを走らせていたのだ。

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