ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-04】ポスドク、相談する。

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そんなようなことを何となく思い出しているうちに、いつのまにか居部屋に着いた。研究室には実験室とは別に、ポスドクや学生用の部屋があって、居室とか居部屋とか呼ばれている。部屋のドアの脇には研究員達の在室状況を示したマグネットがあって、ほとんどが「帰宅」になっていた。手元の腕時計を見ると8時を回っていたので、ほとんどの人はミーティングが終わったあと直ぐに帰ってしまったのだろう。ただ一人、「黒岩」と書かれたマグネットだけが「実験中」のところに置かれていた。といっても黒岩さんはマグネットを面倒臭がって、めったに動かさないので、いつも実験中になっているのだが。

黒岩さんは、30代後半くらい、立場はポスドクで僕と同じだ。研究室には10年以上いるという噂と、黒いあごひげをしたたかに生やしている風貌とあいまって、密かに研究室のヌシと呼ばれている。

そういえば、ミーティングに関しては黒岩さんだけは頑なに自分のスタイルを突き通していた。今日のミーティングがこんなに遅くなったのも、最近出たデータを全部出したのと、それに関する新しい仮説を延々と話していたからだった。他のポスドクからは白い目で見られたり、ちょっとした変わり者のように思われていたが、僕にしてみればこのラボで唯一まともな人間ということになる。

とはいっても、普段の性格は頑固といったことはなく、むしろひょうひょうとしていて、実験で困ったときなどはいつも的確なアドバイスをもらっていた。

そのときふと、先ほど浮かんだ疑問を黒岩さんに聞いてもらったらどうだろうというアイディアが浮かんだ。研究者は、ポスドクといえどもやりたいことをやればいいのではないか。逆に、上から命令されたことだけやるのは、研究者にとって致命的なことなのではないか。いつも田所教授にやりこめられている黒岩さんなら、僕のこの気持ちが分かってくれるのではないか。




居部屋のドアを開けながらそう考えていると、不意に「おう。」と声をかけられてびっくりした。部屋の中に黒岩さんがいたのだ。

お疲れ様です、といって部屋に入ると、カップラーメンのにおいが漂っていた。どうやらこれから夕食らしい。

黒岩さんのラーメンの食べ方はちょっと変わっている。まず袋入りのカップラーメンを袋の中でふたつに割る。そしてそのうちの半分をそのままボリボリと食べる。次に、残った半分をコーヒーを飲むときに使うタンブラーの中にぶち込む。ちなみにこのタンブラーは、紅茶やら何やらも一緒に使うので茶渋で真っ黒になっており、その中をのぞき込むと漆黒の宇宙のような闇が広がっている。そこに、半分に割られたラーメンとお湯とを注ぎ込むと、ほとんど待たずしてむしゃむしゃ食い始める。黒岩さんの言うところの「激レア」の状態である。何でも、この食べ方が一番イマジネーションを刺激するのだそうだ。こういう話しを聞くと、やっぱりこの人は正常ではない、という思いがよぎる。

ちょうど黒岩さんと隣り合った自分の席に座ると、黒岩さんもタンブラーを手に自分のいすに座った。これから激レアの状態のラーメンを食するのだろう。僕は、

「今日のミーティングも、なかなか大変でしたね。」

と声をかけてみた。すると黒岩さんは

「おう、まあいつものことだからな。」

と意に介さないように、ラーメンをかじりだした。僕は畳みかけるようにしゃべった。

「前にいたラボでは、こんなことなかったですよ。実験データを隠したり、プロポーザルを前例がないからっていう理由だけでやらせてもらえなかったり。」

そして、いかにこのラボのミーティングがおかしいか、いかに研究者の独創性が大切なことか。日頃思っていたことを話し始めると、次から次へと言葉が出てきた。はじめのうちは困ったような顔をしてきいていた黒岩さんだったが、途中からはしの手を止めると、だまって僕の話を聞くようになった。

僕があらかた不満を話し終えると、黒岩さんははしを机の上に置いて意外なことを言った。

「それはなあ、ケンドー。おまえが間違っているよ。」

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