ポスドク転職物語

【ポスドク転職物語-03】ポスドク、疑問をもつ

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そうとはいいながらも、違和感の原因はそうした感傷的な理由だけではないことは明白だった。

特に、このラボに赴任してきてもっとも驚いたことがミーティングのやり方だった。一ヶ月に一度、研究室に所属する全ての人達が研究の進捗を発表するミーティングは「セミナー」と呼ばれていて、だいたい一人30分の持ち時間ということになっていた。ラボにはポスドクと大学院生を合わせると10人近いメンバーがいるので、セミナーのある日は一日中会議室に閉じこめられる。

持ち時間30分というのは良くあることで、この人数の規模のラボなら一日中ミーティングの日があるというのも妥当なところだ。問題はその時間が人によってあまりに異なるところだった。ある人は簡単な報告だけを10分くらいで済ますのに対し、ある人は30分を大幅に超える。そして、この傾向は研究がうまくいっていない人に顕著であることに気づいたのだ。

一見、うまくいっていない人に対して時間をかけるのは合理的なように思える。ところが、その内容がまずいのだ。うまくいかなかったデータを見せると、田所教授はとたんに機嫌が悪くなる。なんでそんなことになるんだ、うまくいくと言ってたではないか。挙げ句の果てには、

「そもそも、その実験をやる意味ってなかったんじゃない?」

とくる。

実験なんてさ、うまくいくことの方が珍しいじゃん。と、僕なら思う。10回に1回くらいうまくいけば良い方だ。特に、それがオリジナリティにあふれ、意欲的な内容ならなおさらだ。ところが田所教授はそうは思わない。もともと専門分野が異なることもあって、教授は僕たちの実験の内容をよく分かっていない。いや、頭の上では完璧に理解してる。だからこそ、実験の細やかなアヤのようなことは全く通じないのだ。現場のことを知らないくせに、と青島刑事だったら言うのだろうか。失敗した実験を責めるのは、あと出しじゃんけんで勝つようなものだ。

だから、要領の良い人達は失敗したデータを見せないことにした。発表時間が短い人達は、だいたいこうした方法を取っている人だ。

でも、失敗したデータ、僕たちの言葉で言うとネガティブデータを発表しないのは、実はすごくまずい。第一に同じ失敗をする人がでてきてしまう可能性がある。うまくいかないことが分かっていれば、その実験をやることで時間を失うことを防げる。こういうデータは、論文では絶対に発表されないため、なおさら価値が高いのだ。

それからもう一つは、失敗を否定する文化が育ってしまうことだ。これは、自分のデータをなるべくきれいに見せようとするインセンティブが働くことにつながりかねない。意外かもしれないが、研究をしているときに感じる直感というのは、かなりの確率ではずれる。それくらい、人の思いこみは間違った結論を出してしまうのだ。だからこそ研究の初期段階では、主観直感を排した、ありのままのデータを使って議論すべきなのだ。それを、最初に描いた構図にあてはまるようにデータをいじくり回すと、とんでもない方向に進みかねない。そもそも、それが失敗がどうかは最後になってみるまで分からないのだ。

僕が卒業した研究室では、実験で出た全てのデータを見せることが強く義務づけられていた。失敗したデータを報告して責められることはないが、それを見せずにいることの方が遙かに罪深いこととされてた。とにかく全部見せろ。それが先輩から教わった言葉だった。

したがって、僕が田所研にきて最初におこなった発表では、全てのデータを見せた。その結果、僕の発表時間は2時間半という、研究室歴代の記録を作ることとなった。そうして得られた結論といえば、「その実験はやる意味がなかった」ということであり、それ以来僕はデータ隠匿派に転向することにした。




さらにデータ隠匿にもまして驚いたことが、オリジナリティの否定だった。

研究室に来てから3ヶ月ほどたった頃、僕はかねてから考えていた新しい研究テーマについてミーティングで発表することにした。それまでは、教授から指示された研究を進めていたのだが、ポスドクとしてプロの科学者となった今、そのような受け身な姿勢は慎まねばなるめぇ、そう思って意気揚々と発表をした。すると、田所教授は発表を聞き終わるなり、

「ケンドー君ね、それ、どうしてやってみようと思ったの?なに、自信でもあるの?」

と、あからさまな不快感を示した。そして、いかにその挑戦が無謀であるか、世界中でやったことのない研究をなぜ君ができると思ったのか、というような趣旨の内容を早口でまくし立てた。普段は比較的温厚な田所教授なのだが、このときばかりは能面のような顔になり、さすがに怖くなった。

ラボのメンバーはというと、あーあ、やっちゃったよ、というような憐れみの表情をしている人が半分、自分とは関係ないといった感じでパソコンをいじくっているのが半分、といったところだった。

僕自身、新しいアイディアを考えるのはそれほど得意な方ではなかった。それでも、自分にしかできないオリジナリティのある研究をしろ、そう言われて送り出された手前、なにか新しいことをしようと必死だった。そうして、未知の分野で自分にしかできないことは何だろうかと考えぬいた結果のテーマだったので、それをこうやって否定されたのは、悔しいというより、純粋に不思議な気持ちだった。片方の先生と、もう片方の先生の言っていることがまるで違うのだ。

ただ一つ言えたことがあった。発表も終わりに近づいた頃、田所教授に、

「とにかくケンドー君は、いまやっているテーマだけに集中してください。」

といわれたときに、どうしょうもない反発心を覚えたのだ。オリジナリティは持つな。言われたことだけやれ。それが、若い研究者に対する田所教授の考え方だった。

(やりたいことが自由にできない。)

そのとき以来、研究者の道を志した自らの選択に言いようもない不安を持つようになったのだった。

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