21世紀はバイオの世紀などといわれていた時期がありました。2000年に入って間もないころはゲノムバブルなどという言葉があったように、バイオ系の基礎研究に多額の研究費がついたものです。
ところがバイオ系研究に対する予算のつき方はここ数年で大きな変化が起こりました。バイオ系研究は基礎から応用へ、特に臨床的に有意義な研究に重点的に配分されるように、大きく舵を切り始めたのです。
私のようにライフサイエンス系の企業にいると、アカデミアの深刻な予算不足を肌感覚で感じ取ることができます。今回はバイオ系の基礎研究が進むであろう将来の険しい道について、企業側からの視点でお伝えしてみたいと思います。
学会展示には企業側の魅力がない?
学会に行くと企業展示のブースが併設されているのを目にすることが多いと思います。大きな学会ともなると参加企業は数百に及ぶことも珍しくありません。
展示ブースでは最新の機器や試薬に関する情報をやり取りでき、研究者にとっては情報収集の良い機会となります。また、ブースによっては豪華な景品などが当たる抽選会などを派手におこなっており、多くの参加者とって企業展示は楽しいイベントだと思います。
ところがこの学会展示の様子が、ここ数年でかなり大きく変わってきています。
基礎系の学会では派手な抽選会はなくなり、企業ブースも特別装飾と呼ばれる豪華なものからこじんまりとしたものへと変える企業が増えてきています。
企業は営利を追求するので、費用に対する効果がないと判断すれば、容赦なく経費を削減していきます。多くのライフサイエンス系企業にとって、基礎系の学会はもはや参加する魅力のないイベントと判断されるようになっているのです。
学会運営に奔走する若手研究者
このような流れの中で、学会運営を任されている若手研究者の負担は年々大きなものとなっています。
学会には企業からの協賛金が不可欠であり、企業展示は学会の重要な資金源となるはずでした。ところが先に上げたような事情から、以前のように資金が集まらないとこぼす研究者の話しをよく聞くようになったのです。
普段であれば企業が研究者に頭を下げるのが普通ですが、この時ばかりは立場が逆転しているようです。企業から協賛金を引き出すため、頭を下げるのは事務局の若手研究者の方になりつつあるのです。
こうした状況を知ってか知らずか、かつてバイオ研究が華々しかった時代を生きた教授たちは相変わらず上からの態度で企業にむかって「よろしく頼むよ」などと余計な口を挟むものだから、若手の研究者が冷や汗をかいたなどといった話しもあるくらいです。
変貌を遂げるライフサイエンス系企業
このような基礎系のバイオ研究に対する企業の態度は、ここ数年の間で劇的に変わってきたといって良いでしょう。
こうした変化の背景には、基礎から臨床へと急速に舵を切ろうとしている各企業の経営方針の転換があります。
たとえばあるメーカーは、基礎系の研究者に向けたバイオ系測定機器の販売を国内の大手販社に完全委託することを決めました。これにより、従来からあった医療機器関連のビジネスによりフォーカスすることができるようになったといいます。
また別のメーカーは、医療診断に応用されることが期待されている装置を製造する企業を買収することで、臨床にフォーカスした事業内容へと変貌しようとしています。このメーカーは基礎系の学会展示ではすっかりと小さな存在になってしまったため、アカデミアからみると随分と凋落してしまったという印象を持たれているようですが、実は臨床系の学会では巨大なブースを出すようになってきており、その姿は基礎系のアカデミアからはうかがい知ることはできません。
このようにライフサイエンス系企業では、臨床系の事業ポートフォリオをいかにして構築するかが急務となっており、フットワークの軽い外資系企業などは数年前とはまったく異なる会社になってしまったようなところもあるくらいなのです。
バイオ系研究予算は臨床重視の流れへ
ライフサイエンス系企業のもうひとつのコンセンサスとして、アカデミアの予算は年々厳しさを増しているという認識があります。
営業の現場に出てみると分かるのですが、最近は貧乏な研究室が本当に増えてきたという印象です。特に地方の大学はかなり厳しいです。科学技術関連予算の総額自体はそれほど変化がないのですが、予算の重点配分の影響で、大学や研究分野間の格差が広がってきているような印象があります。
特にAMEDの発足は臨床研究重視の流れを決定づけたと言っても良いでしょう。今後は医学部や大学病院のように臨床検体や症例に近いとろこが、多くの予算を獲得することになるでしょう。
例え方は悪いかもしれないませんが、モデル生物を用いた遺伝子の機能解析などといった地味で基礎的な研究は、いわばエジプトの考古学などのように、少し変わった研究者が趣味のように続けている世界とみなされるようになるでしょう。少なくとも営利を追求するメーカーにとっては、もはやメインストリームの顧客ではなくなってきているのです。
まとめ
金の切れ目が縁の切れ目などというように、予算規模が削られつつあるアカデミアの世界からライフサイエンス系企業は少しずつ手を引こうとしています。こういった事情というものはアカデミアの中にどっぷりと漬かっている人よりも、一歩外から冷静に見ている部外者のほうが意外とよく見えているものです。
基礎的なバイオロジーの研究をごく普通の研究者がおこなうという時代は終焉を向かえつつあると言ってよいでしょう。アカデミアの雇用環境はますます悪化する中で、どのような分野で何を研究するかと言った判断が、研究者として食べていくためには非常に重要になってくるでしょう。
このような中で研究者として経済的な不安を覚えるくらいであるならば、このブログで何度も主張しているように民間企業へ転職した方が豊かな人生を送れる可能性は遥かに高いでしょう。臨床重視の流れが決定的になった今、キャリアについて考えるのは早いに越したことはありません。
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