研究

アカデミアに残り続けるバイオ系ポスドクの特徴とは

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バイオ系のポスドクとして研究していたかつての仲間たちの進路は、大きく二つに別れます。

ひとつは過酷な労働環境に疲れて民間企業へと転職する人々。

そしてもうひとつは、しぶとく研究を続けて今もなおポスドクとしてアカデミアに残る人。

今回は、アカデミアに残り続ける人たちの特徴を見ることで、アカデミアが必要としている人材とはいったいどういう人なのかということを考えてみると同時に、若い学生が研究室を選ぶ際の注意点についても述べてみたいと思います。

ポスドクはアニメーターと同じ

ポスドク転職物語でも出てきたように、私はある一時期、集中的に戦略コンサルの面接を受け続けていました。

そんなとある戦略コンサルでの面接のとき、現在のアカデミアの置かれている環境を話す機会がありました。私は正直に、現在の日本で科学者になりたかったら食べていけるかどうかすら分からないことを覚悟しなくてはならないという内容の説明をしました。

面接担当のコンサルタントはこの話が意外だったらしく、これからの産業を支えるであろうバイオ系の、それも最先端の学問を担当している研究者達がそのような待遇だというのは予想外だということを語りました。

そしてそのような劣悪な雇用環境にあって、なぜ彼らは研究をするのか、ということを聞かれたのです。

この質問は正直いって意外だったため、自分でも改めて何故だろうと考えてみたのですが、結局のところ研究というのはやり始めると面白くてとめられないものだ、というふうに答えた記憶があります。

それを聞いた面接官のコンサルタントはなるほどとうなづき、それはアニメーターと非常に似ているかもしれないと答えました。

そういわれてみれば、確かにアニメとサイエンスの世界は共通点が多いように思われました。どちらも日本を支える重要な産業だといわれ続けている一方で労働環境はお世辞にも良いとはいえず、低賃金で業界に残ることすらできない人が多数います。

なるほど、ポスドクはアニメーターと同じ身分だったのです。

アカデミアには科学が心から好きな人しか残れない

アカデミアにおける労働環境の劣悪さについては徐々に知られるようになってきており、若い学生は昔ほど博士課程に進学しなくなってきているといいます。

そのため一部の研究室では研究に支障が出るレベルにまでなっており、人材不足が深刻な問題となりつつあるようです。

これは考えてみれば当たり前の話で、進学するに値する十分なメリットがなければ高い学費を払ってまで貴重な新卒チケットを手放すインセンティブがないわけであり、学生を無償の労働力くらいにしか思ってこなかった一部のブラック研究室は反省するべきでしょう。

(参考)ブラック研究室についての記事はこちら
なぜブラック研究室を見分けるのに論文リストを見るのが良いのか
なぜブラック研究室の学生はいつまでたっても学位を取れないのか

とはいえ、一部の学生は今でも博士課程に進学しているわけで、彼らは一体何を思ってアカデミアに進学し、そしてポスドクという不安定な身分を甘んじて受け入れているのでしょう。

私の考えでは、こうした人たちには2種類のパターンがあるように思われます。

1つめの種類の人達は好奇心が比較的人よりも強く、修士課程の研究がそこそこ面白かったため、せっかくだから博士号まで取ってみようかという軽い気持ちで進学するパターン。自分の場合がこれでした。

もう1つのパターンは子供の頃から科学が好きで、とにかく科学のことを考えているのが好きだという人。こういうような人は周りがどんな環境だろうがお構いなしに研究に邁進する、いわば生まれつきの研究者です。

この2つのパターンを見比べて見るに、後者の人たちというのはどれほどアカデミアの労働環境が悪かろうと、結局は科学を心から愛しているためにアカデミアから離れることは決してありません。いわば固定層のような人たちです。

したがって、もしもアカデミアがその裾野を色げ、いろいろな人達を広く集めたいと考えているのであれば、いかにして前者のようなタイプの人たちを求人できるかにかかっているといえます。

ところが残念なことに今のアカデミアの雇用環境のもとでは、前者のパターンの人たちから脱落していっているように思われるのです。

そして肝心のアカデミアでさえも、後者のような生粋の科学者だけが残ってくれればいいのだと思っているような節があります。でなければ、このご時世にあって非正規雇用の不安定な身分を10年以上も若手の研究者に強いる理由が見つかりません。

いまのアカデミアは、飯が食えようが食えまいが関係ない、科学に携わっていられるだけで幸せだというような、心から科学を愛している生粋の科学者しか残れない世界なのです。

博士号を単なる「手段」と考えている人は慎重に研究室を選ぼう

本来、基礎科学などは生活の役に立つかどうかも分からない、いわば貴族の遊びのような代物ともいえるわけで、これはこれで一つの見識というか、国からのメッセージだと割り切るしかないのかなと思います。

ところがここで一つの問題が生じます。それは、科学を愛してやまない研究者たちが、果たして後進の学生たちの面倒をどのくらい真剣に見てくれるのかということなのです。

非常に極端な例をあげるとすれば、任期期限のない教授がたっぷりと時間をかけて自分が本当に満足できる仕事だけを論文にしようと5年も6年もかけて一流誌への掲載を目指すというときに、それにつきあわされる学生のことをどのくらい考えているのだろうか、ということです。

率直に言って、この手のタイプの人たちに学生の将来や経済的な事情などを考えるように期待することが、土台無理な話なのではないでしょうか。

もちろん全ての研究者がこのような人だと言うつもりは毛頭ありませんが、これから進学を考えている学生などはこのあたりの事情を十分に考慮した上で、研究室を選ぶべきでしょう。

特に、博士号をキャリアビルディングのための一つの手段として考える場合や、ポスドク後に民間企業への転職を狙っているようなケースでは、時としてこうした人達のある種の「生産性の低さ」(例えば、生活を犠牲にしてでも好きな研究に没頭できるという能力)が障害になりうることを十分注意する必要があるでしょう。

まとめ

これは断言できますが、今のアカデミアで残るためにはどんなに劣悪な環境でも研究を続けられるという、科学に対する強い愛が必要です。

一方で、博士号をキャリアビルディングのためのひとつの「資格」として考える冷静な視点も、これからは必要となってくるでしょう。

こうした研究に対する姿勢の異なる人々が一つの集団の中でどのように共存できているのか(あるいは破綻してブラック研究室に成り下がっているのか)、若い学生の方たちは特に意識してみるとよいでしょう。

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