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ポスドク転職物語 10〜17
ポスドク、地獄と天国と。
研究をいつ中止にするかは、ある意味ではどのような研究を始めるかよりも重大な決断かもしれません。それまで蓄積してきた膨大なデータと、なによりも長期間にわたる研究時間そのものを「なかった」ことにするわけですから、非常に戦略的な判断が要求されるわけです。これはビジネスでもまったく同じことが言えると思います。
実際、わたしがポスドクとして赴任していた研究室では教授の一声で研究が中断されていました。「海外からお客様がくるので、、、」の挿話は実話をもとにしており、私の研究生活の中でもかなり異色のエピソードとして記憶に残っています。
ポスドク、潜伏する。
研究を進めるかどうかについては研究室のトップの意向を受け入れざるを得ないというのが前回の話でした。一方で、どうしてもやりたい研究がある場合、研究員は誰にも相談せずにこっそりと実験を進めることがあります。裏実験とか、闇実験だとか言われたりすることもあるようです。
結局のところ研究者というのは好奇心の固まりのような人たちなので、知りたいという欲求に逆らうことはできません。研究の進捗についてはそれほど厳密に管理されているわけではありませんから、空いた時間でこっそりと実験を仕込んだりすることを止めることはできないのですね。
一般の企業でも、かつてのエンジニアたちはこっそりと本筋とは関係のない研究テーマを進めることもあったようです。そのような中から、画期的なアイディアが生まれたことも少なくなかったはずです。現代では、コンプライアンスや内部統制といった規制が厳しくなっており、研究員が会社のリソースを自由に使うことが以前ほど簡単ではなくなってきているようです。そういう意味では、グーグルの20%ルールのように意図的に裏テーマを走らせることを許す仕組みというのは、イノベーションを生み出すための面白い仕組みのように思えます。
ポスドクの、やる気のスイッチ。
転職という、人生にとって一大イベントであるはずの活動でさえ、ちょっとしたことでやる気がでたりでなかったりで、なかなか思うように前にすすまない時期がありました。
やる気だとかモチベーションと呼ばれるものとどう付き合って行けばいいのか。このことについてはずいぶん前から色々なことを考え続けていますが、その一つのヒントとなりそうなものが以前にも紹介したことのある神田昌典氏の別の著書に書かれています。
「非常識な」と書かれていますが、法則の内容はごく一般的で納得のいくもばかりです。その中で、成功への道を切り開くための原動力として、「悪のエネルギー」をうまく使うこと、と書かれています。それは例えば、現状への不満であったり、やりたくないことをやらされるといったネガティブな感情へフォーカスすることだったりするのです。
一般に転職活動をする際には、現状への不満へ注力し過ぎるのは良くないと考えられています。ましてや、面接時に「今の仕事が嫌だから」という人などいないでしょう。しかし、「悪のエネルギー」をうまく利用することは、普段出せないやる気を猛烈に起こしてくれるだけでなく、本当になりたい自分の姿をあぶり出してくれる機会にもなるのです。
物語中にあるように、サテライト実験がことのほか順調に進んだときがありました。このときは、転職することを決意していたにもかかわらず、夢中になって実験をすすめ、思うように書類の準備ができませんでした。ところが、実験のデータを教授に見せると私以上にのめり込んでしまい、ついには勝手に論文を書き始めるという事態になってしまいました。このときになってようやく、この研究室には自分の居場所が全くないことを悟ったのです。
この時の悔しさは今でも忘れられませんが、結局このことが決定的なきっかけとなり、自分のキャリアを主体的に創り上げていくスタートを切ることができたのでした。
ポスドクと、フェルミ推定。
いまや外資系企業の面接の代名詞のようになってしまったフェルミ推定ですが、もともとは物理学者であるエンリコ・フェルミの逸話の通り、科学者達のあいだで用いられる思考法の一つでした。理系の方にとっては比較的とっつきやすい分野ではないかと思います。
このフェルミ推定ですが、自分が受けた外資コンサルの面接では結局1回しか聞かれませんでした(日本国内のコンビニの総売上について)。対策本が巷にあふれかえっており、もはや有効な面接手法とみなされなくなってきているのかもしれません。そもそも、あまりにも業務からかけ離れたトリッキーな問題は、人材の選別にはあまり役立たないという説も出てきているようです。
1次選考時のスクリーニングに使われる程度と割り切って、あまりのめり込まむ必要はないと思います。以下、私が参考にした本をご紹介しておきます。
ポスドク、ケースに泣かされる。
戦略コンサルでの面接ではビジネスケースが度々出題されました。ケースの内容ですが、予め資料やデータを渡された上で質問に答える場合もあれば、面接官がその場で考えた問題に回答することもありました。ただ、割合としては後者の方が圧倒的に多かったように記憶しています。
ビジネスケースが頻繁に出題される背景ですが、戦略コンサルファームの特徴的な採用方法にその理由があるのではないかと思っています。
それはどういうことかというと、戦略コンサルの採用では現役のコンサルタントが面接官を務めることになるのですが、彼らは経営戦略を立案することに関してはプロフェッショナルでありますが、裏を返せば人事に関しては必ずしも専門家ではないわけです。採用基準については各コンサルファームによってそれぞれ目安があるはずですが、最終的には面接官のフィーリングが重要になってくるわけです。
そうすると、コンサルタントとしては普段から仕事でやっているようなディスカッションを面接でやってしまえば、これは非常に楽なわけです。そのような対話を通じて、こいつとだったら心地よく仕事ができるだろうと思わせることが重要になってくるわけです。ですから、建前ではケースというのはロジックや思考方法が大事であって結論はそれほど重要ではないなどとは言われますが、最後の決め手となるのは、やはり現実感のあるビジネスの話しにもっていけるのか、そこに尽きるのだと思います。
例えば、小売店舗や飲食店の売上を上げるためのケースなどでは、売上を
客単価 x 訪問客数
と分解し、それぞれをさらに分解して要素に分け、それらに対して打ち手を考える、などと対策本には記載されていたりします。実際、私は戦略コンサルの面接ではこのように進めていったのですが、ほとんどの場合は議論がかみ合わず、深いディスカッションをすることができませんでした。机上の空論レベルで全体観が足りなく、彼らを満足させることができなかったのだと思います。
そういう意味では、ビジネスの現場をまったく知らない研究者にとっては、ビジネスケースというのはかなり取り組みづらいことは間違いないと思います。ロジックだけで立ち向かえるのは新卒までで、中途採用の場合はなんだかんだいってビジネスの経験、それも経営に近い位置にいる人が有利なのは紛れもない事実だと思います。
ただし、私が戦略コンサルの採用面接を受けたのは2009年頃でしたので、現在とは様子が異なっているのかもしれません。採用基準というのは景気によってもかなり左右される側面もありますので、あくまでも私の解説は参考程度に読んでいただければと思います。
ポスドク、ケースで泣かせる。
ビジネスケースに取り組む際には、とにかくしっかりとしたロジックが重要であると言われています。しかし、いくらロジックを優先してピラミッドストラクチャーを構築してみてもいまいちピンとこない。なにより、やっていてもちっとも面白くない。
ということでちょっとした気休めに作ったのが、この「泣けるケース」でした。
残念ながら青木さんからは冷ややかな返事しかもらえなかったようですが、物語風のケースを考えるのは非常に楽しい体験でした。自分にはこちらの方が向いているようです。
経営上の課題に取り組むにはロジカルに問題を整理することがかかせない一方、いくら正しいことをいっても、それによって人々が実際に行動を起こすかどうかは別問題です。戦略を実行に移すためには、人の心をつかみ、よしやってやろう、と思えるような強いストーリを埋め込むことも不可欠です。
そういう意味で、この泣けるケースはビジネスの課題を感情面から取り組むための良いツールにならないかな、などと思っています。皆さんも、独自の泣けるケースを作ってみてはいかがでしょうか?
ポスドク、ロジックに悩む。
戦略コンサルティングへの転職を目指す場合、とにかく重要なのがロジカルな思考法だと、エージェントの人からは耳にタコができるほど聞かされ続けました。それでも、結局最後までロジカルな考え方の真髄については良く分からなかったような気がします。
論理的思考法の教科書などには、とにかくピラミッドストラクチャーを構築して、左右・上下の関係性を意識するように、などと書かれています。ただ実際の面接では、限られた時間の中で完璧な論理構造をもったピラミッドを構築するのは困難でしょう。それよりも、与えられた質問に対してとにかく素早くもっともらしいことを言えるかが大事ですので、頭の回転の早さですとか、口の達者さのようなスキルが重要だったような気がします。
そもそも、面接を担当するコンサルタント自体、ほとんどの人は全く普通の方でしたので、ロジックに拘泥する必要はあまり感じられませんでした。ただし、ごくごくまれに「ザ・ロジカル」というような人が混じっていますので、そういう場合は威圧感のようなものに惑わされないように注意が必要です。
ポスドクの、人生の設計図。
転職活動を通じて、自分にとって得意なことは何か、何をしているときが一番楽しいと思えるか、こういったことに一つ一つ気づかされていく経験は貴重なものでした。
自分の場合は独立心が強く、新奇性追求の気質が強い方だと思っていますが、これは研究者として生きていくには都合の良い性格です。一方で、自分の所属していた研究室でこのようなことが満たされない以上はアカデミアに残る意味もそれほど感じられませんでした。
自分の持っている才能、嗜好、そういったものを冷静に判断できるようになって初めて、自分を必要としている世界への道が開けるのではないでしょうか。
さて戦略コンサルへの転職活動もいよいよ佳境を向かえます。